1000冊の記憶

1000冊以上本を読むともう内容が曖昧になってくるのでちゃんと感想を残します http://booklog.jp/users/f_t812

福岡伸一「世界は分けてもわからない」

最近新書が出て書店の本棚で見かけることが多いのであえてちょっと前に出たものをチョイス。

 冒頭、プロローグからとても詩的な始まりで本当に科学系の本なのかと思うくらい人物にのめり込んでしまうところだった。まだ冒頭数ページだが文章から濃厚さが感じられる。  第1章は丸々詩的な感じで終わった。星の輝きを人間の眼球が捉えられる話などはとてもロマンチックだった。
 終始文章がとても文学的で科学系の本とは思えないような表現で満たされている。一つの動作・所作を表す表現がとても豊かでその動きがありありと眼に浮かぶようだった。
 途中から文章の様子が変わってきて物語じみた感じになっていって気づいたらある科学者の捏造の歴史になっていた。文章構成が突飛で小説・科学の両要素を見事なバランスで配分してあった。まるで著者の心情をそのまま文章にしたような印象を受け、物語として科学を、現在の人間の限界を、人間の探究心を、未知なものに対するアプローチを壮大なスケールから著者個人の願望まで"パワーズ・オブ・テン"で描かれているようだった。
 著者は須賀敦子という作家について評して、こんなことを言っている。"彼女の文章には幾何学的な美がある。柔らかな語り口の中に、情景と情念と論理が秩序を持って配置されている。その秩序が織りなす文様が美しいのだ。"この評を踏まえて、私がこの本の感想を書くと以下のようになる。この本の文章には一見バラバラでとても不安定なバランスの上に成り立っているような印象を受ける。美術品の話から著者の記憶、ある科学者の捏造事件へと話は次々に飛んでいき全体像だけ鳥瞰しようとすると捉え所がなくなってしまう。しかしよくよく考えてみると著者の一貫した意見、この本のタイトルにもなっている"世界は分けてもわからない"が、パワーズ・オブ・テンをキーワードにして語られているとても広く・深い読みがいのある本だと思った。

世界は分けてもわからない (講談社現代新書)

世界は分けてもわからない (講談社現代新書)